こんにちは、サイキックリーダーの藍です。
「Life Story~私の原点~」は全部で7回の私自身の物語となっております。まだStory1を読まれてない方は、先にそちらから読んでみて下さい。そのほうが、しっかり話が繋がります。
■■ 目 次 ■■
アトピー戦争クライマックスに突入
2歳半からのアトピーは小学校時代に悪化し、養護学校にも短期間通うことになった私です。この養護学校生活のおかげで、「普通」というものが観念からできていること、それぞれが個性であること、ということが感覚でわかりました。
精神的に元気になった私を出迎えたのが、クラス替えをして新しくなった小学4年生の教室でした…。
いじめ地獄に連行される
なにがキッカケだったのか思い出せませんが、ある日を境に、私は男子生徒からいじめにあうことになったわけです。ただ、彼らは「からかってる」という意識であり、いじめとは思ってなかったでしょうし、今でも思ってないでしょう。
でも、本人たちはいじめと思っていなくても、受ける側にとっては、それが耐え難い苦痛になることがあるのです。
苦痛のあだ名
アトピーで、医者から「まるで象の皮膚だね」と言われるような、全身肌がボロボロだった当時の私です。
その肌から、男子生徒は私の事を「ブツ」「ブツブツ」と呼ぶようになります。
まあ、単純に、肌がすべすべしておらず、ブツブツしていたから、そのあだ名で呼ばれたわけですよね。
負けず嫌いな私だったので、嫌なあだ名で呼ばれても素知らぬ顔をして平気なふりをして過ごしてました。女子は私の味方だったのも救いでした。
ただ、攻撃が効かないと分かると、男子生徒はさらなる武器を携えて戦場に繰り出します。
苦痛の汚いもの扱い
今度は、「汚いもの扱い」です。
私が触った筆箱やノートなど、あらゆるものに対して、「やべ、ブツが触ったから汚い!手を洗わなきゃ」というように、私を避けたり、私が触れるものをわざと避けるという行為が続きます。
それでも私は、彼らの行為を無視したり、「あ~、はいはい」と平気なふりをして対応してました。
苦痛の給食time
その「汚いもの扱い」の応用編が給食時間。
まあ、男子生徒も創造力が豊かだったなと思います。
給食を食べる時に、おかずの素材を箸でつまんで、「これがブツ(※私の事です)。」と言って、パクリとそれを食べ「うわ!まず!!」と言って、まずそうに食べる、時にはペッとお皿に吐き出す。そして、私の様子を楽しんでいるわけです。それの繰り返し…。
食べることが大好きだった私は、毎日の給食メニューをかかさずチェックしてましたが、この時期は、苦痛の時間以外のなにものでもなかったです。
ふと、よぎる死の世界
1日の大半を小学校で過ごすわけなので、常に、嫌な言葉を浴びせられていたら、誰でも病んでしまうのではないでしょうか。
当時の私は、「何のために生まれてきたのかな」「この先楽しい事ってあるのかな」「死んだらどうなるんだろう」等、生死についてよく考えていました。
ドラマで見かけるように、手首を切ったら死ぬんだろうか、等、想像したりもしたわけです。
誰にも言えないいじめの世界
私は自分がいじめにあっていることを、親には言いませんでした。
何度も親に助けを求めたいと思うことがありましたが、喉元まで言葉が出かかっても、やっぱり言えなかったんです。
いじめで自殺する人がいらっしゃる中で、「誰かに相談すればよかったのに」と思う人もいるでしょう。
でも実際は、難しい。
私の場合は、親に言うと、「親が悲しむのではないか」「いじめに遭うような子供を産んでしまったと思うのではないか」等、考えてました。また、話すことで、自分自身で「私はいじめに遭っている。」と認めてしまうのも嫌だったのです。自分自身で「いじめに遭うような存在」とレッテルを貼りたくなかったんです。
結局、大人になるまで、親には言いませんでした。
いつも愛にあふれた我が家の世界
学校で過ごす昼間の時間は辛いもので、自分の無価値について思い知らされる日々でしたが、私にとっての救いは家族でした。
みんなで囲ってテレビを見ながら楽しくおしゃべりする時間。あたたかい団らんの光と空気に包まれた空間。自分は価値ある存在で、必要とされていて、愛されていると感じることができました。
昼はネガティブ軍団がネガティブエネルギーを発射して、私自身をドロドロぐるぐる巻きにし、夜になると、ポジティブ軍団が愛と幸せのポジティブエネルギーを大量に噴射して、それらを一掃してくれる、そんな日々でした。
スピリチュアルな観点からこの経験をみる
私は、当時、直接暴力をうけたわけではありません。
男子生徒はあくまで「からかい」の範疇でやっていたことでしょう。ただ、私にとっては、とても辛く、今この記事を書きながら思い出されてくる嫌な記憶に、心がぎゅー…と締め付けられます。
いじめは人生のシナリオの一部
それでも、なぜ、あえて、この辛い経験を詳細に書いているかというと、この辛い経験も振り返ると、意味のあるものだったと思えるからです。このいじめの経験も、私自身の人生のシナリオに、生まれる前から組み込まれていたのだと思います。
言葉とエネルギー
いじめを受けたことで、私は「言葉」というパワーを実感しました。使う言葉次第で、ポジティブエネルギーを生みだすこともできれば、その逆もあり得るのです。
私はサイキックリーダーとして、クライアントのガイドのメッセージを届けます。メッセージを正確に届けますが、そのメッセージがクライアントの好ましくないものであるときもあります。その時に、どう伝えるか、というのが非常に大事になるのです。
これは、私自身が、いじめの経験を通して、言葉の大切さを実感しているのが大きく役立っていると感じます。
経験値が多いほど、共感しやすい
また、サイキックリーダーとして、いろんなクライアントのリーディングを行います。その際に、多くの経験をしているほうが、状況を理解でき、共感もしやすいです。いじめという辛い経験も、その経験値に加わっているわけです。
愛の偉大さ
また、いじめのおかげで、言葉の大切さを知り、愛の偉大さを知りました。ただ、存在を認めてくれる、それだけがどれだけ癒しになるか。また、そこに愛をもって接してくれるのが、どれだけエネルギーを与えてくれることになるのか。
私は、いじめという辛い経験からも、私の原点となるものが形作られたと思っています。どんなに辛い経験でも無駄なことはありません。
辛い経験でも、そこからの魂の学びは必ずあり、
すべてが、人生の階段で繋がっています。
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